母親が癌(ガン)になった僕に謝った日
僕は、10歳(小学3年生)の時、癌(骨肉腫)を発症した。
その日、僕は、癌の告知をされた。
主治医の先生はとても険しい表情で、一言ひと言を、丁寧に説明してくれた。
僕の隣でその説明を聞いていた、僕の母親が、突然泣き崩れた。
こんな母親の姿は見たことがなかった。
いつも、強気で、前向きな性格の母親しか、僕は見たことがなかった。
突然のことで、気が動転したのだろう。
泣き崩れた母親は、椅子から床に落ちた状態で、それでも続けて、主治医の先生(この病院の院長先生であり、後の私の執刀医)が治療方法についての説明をされた。
その先生の表情に、勇ましさ、力強さを感じたのは、僕だけではなかったはずだ。
その場に立ち会われた、医療スタッフの方々も、そう感じたに違いない。
現代の医学では、僕の命を救うには右足の切断しかないし、その処置も大至急行う必要があることを、私たちの理解にあわせて説明してくださった。
そして、最後に先生が言葉を付け加えた。「しかし、患部を切開してみないと、なんとも言えません。」その言葉に、僕の母親は、間髪入れずとても強く反応し、そして言葉を発した。
「うちの子は、助からないんですか。」
僕は、その言葉が力強く放たれた瞬間、自らの身に起きていることの重大さに気付かされた。
「僕は、死ぬのかもしれない。」
゛産まれてから、この世でたった10年間しか生きていないのに、僕は、死んでしまうのか。゛
僕は、ひとり、暗い夜の山のなかに取り残されたような、とてつもない空虚感と恐怖感を全身で感じ、呆然としていた。
自分が死んでしまうことを知らされたとき、すべての人との関係が、「プチっ、プチっ!」と、それはまるで糸が切れるように、関係が無くなっていく。
そして、この世でひとりぼっちになった。
さらに、執筆は続きます。
私は当時の想い、情景を思い出しながらことばをひとつ、そしてまたひとつと、想いながら執筆させていただいています。そのため、時間がかかりますこと、ご了承お願いいたします。
皆様のお時間がおありなります時に🎵
お楽しみにください。
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